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かんがえちゅう!

出来寛祥です。多趣味に生きていこうと思って、楽器とかスポーツとかいろいろやってます。プログラミングも好き。

抽象的な話になりがちで行動に移れない恥ずかしさへの戒め

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こんにちは。どーん。

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頭いい人ほど抽象的な議論に花を咲かす

以前、社会レベルで勉強の質を上げたいって言ったら、勉強とは何かと返されたことがあります。その人にとって勉強とは「生きる選択肢を増やすために必要なこと」だと言っていました。

そうだなー、ふんふん、おもしろいなーって思って話を聞いていたけど、最終的に結論がないまま話が終わったんですね。「勉強は生きる選択肢を増やす為に必要」だということはわかりますが、、、

ぼくはそういうとき。あーそうか、どこかで聞いた話とか、以前に考えて蓄えた知識を話してくれたんだな?と思います。すごい気持ちわかります。ぼくも自分の知っている話につなげたくなっちゃいますし、それが答えだーと思っちゃいます。

そういう話って、それは確かにって思って話しているので、おもしろいことが多いんですよね。

でも、事実を述べているだけです。外堀を埋める作業というか。だからどうしたの?とも思っちゃいます。そのときは楽しいんですけどね。

冗談でもいいから「こうしたらいいんじゃない?」が聞きたい

単純に事実関係を述べて分析するのは楽しいです。すりあわせが終わって、お互い納得したときは気持ちよく意気投合できます。

だけど、そういう内容って実はお互い理解していることだったり、楽しいだけでおわったりと、次に繋がらないことが多いように思います。

それだったら話の最後に、ひとことでも「じゃあ、わかりやすい教科書を作ってよ」とか「教師になって実践してよ」とか「おまえには無理だ」でもいいですけど、こんなの面白くない?っていう意見が聞きたいなーと思います。

なんか、この世界に生きている気がする笑

意見を貰えば、実際に動ける

意見をくれる人は大概、いろいろ作ったり遊んだりしているので、実際にこちらが動くためになる気がします。経験上そんな傾向がある気がします。

そういう意見がもらえると、アクティブに生きられるし、楽しいことができるから心からいいね!と思えます。

僕が一番楽しいのは、空想でもいいから、すごい具体的な話をバカみたいにどこまでも発展させていくときなきがする。

あんまし多くはないけどそういうときって、しょうもないけど面白いものが出来上がったりするんだよなー。

戒めでしたー。

 

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